極真館とは -The Kyokushin-kan-

極真館とは

押忍!
この度、「極真館」として、初めて、この大阪の地で新たな一歩を踏み出しました。
「極真館」本部直轄 豊中道場責任者の水谷と申します。

「極真館」は平成15年1月13日に、極真空手の前身である大山道場からの古参で、元来の極真空手の精神を忠実に守り、武道極真空手、極真精神の復興を目指すことを理念としていた廬山初雄館長によって設 立されました。

設立後は、故・大山総裁の意思を尊重し、財団法人の再建を成し遂げ、それを機に、設立から4年という僅かな期間に、日本国内にとどまらず世 界各国の極真空手家の理解と賛同を得て急激に成長してまいりました。

現在では、国内52ケ所の支部に180の道場を展開し、海外40ヶ国30万人の会員を擁する規模にまで拡大しております。

私 も、この極真館の理念に賛同した一人として、平成19年5月7日より、大阪で普及と発展のために活動を始めさせていただきます。今後は、この大阪の地に真 の極真精神の普及させることを目指し、生徒の指導とともに、自らも一層の修行と研鑽に励み、武道空手の指導者としてふさわしい心技体の充実を目指していき たいと考えておりますので、ご支援の程宜しくお願い申し上げます。

極真館の理念

極真空手の創始者であり我々の師である故・大山倍達総裁は、その生涯をかけて武道空手と しての極真空手の完成を追求しておられました。

空手の道を志した弟子たちが、武道としての空手を地道に研鑽していくことによって、強さとともに人間として 完成し社会にとって役立つ人間を育成するという壮大なる目標を持っておられたのです。

それは大山倍達総裁が口ぐせのようにいわれていた
「頭は低く目は高く、口を慎んで心広く、孝を原点として他を益す」
という言葉に集約されております。

その武道空手の理念は、「極真精神」とも呼ばれ門下生たちの心の支えであり、精神的な拠りどころであり、人生の指針でもありました。私たちは極真空手 を学ぶことにより、大山倍達総裁から多くのことを教えられ、そして与えられました。それゆえに、私たちは大山倍達総裁門下の一員であることに限りない誇り を持ち、その教えを指針として、極真の道を全うすべく生涯をかけて努力精進を続けていく決意で活動しております。

私たちは大山倍達総裁門下の一員として、大山倍達総裁の武道空手の理念と極真精神をあくまでも正しく継承し、広く普及して、発展させていくことがその使命であると考えております。

私たちは、時代の風潮に流されることなく、大山倍達総裁も強調されていたように、
「ビジネス空手」「ショー空手」とは一線を画し、武道空手の修行に真面目に取り組んでいきたい
と考えております。

また、武道空手を通じて、強さの追求とともに、社会に役立つ人間を育て、健全な青少年を育成していくことにに力を注ぎ、空手の社会的地位をより高めるための活動をしております。
私たちは、大山倍達総裁と極真の名を貶めるような不毛の議論をするつもりはありませんし、また徒に組織的な軋轢を生むような事態は想定しておりません。
行く手に障害物が立ちはだかるならば1つひとつ排除しながら、あくまで前を向いて、我が道を真っすぐに進んでいきたいと考えております。

極真館の空手は、以上のような理念に基づき、生徒の指導と自らの研鑽に励み、活動と発展を期しております。

創設者及び館長の紹介

創設者の大山倍達

創設者の大山倍達

おおやまますたつ:1923年7月27日(旧暦6月4日) – 1994年4月26日)

伝説の空手家。
国際空手道連盟総裁・極真会館館長。極真空手十段。
詳しくはWikipediaなどで。
おもしろい文献があります。

館長 盧山初雄

館長 盧山初雄

ろうやま はつお:1948年3月31日~

中国拳法の意拳の流れを汲む太気拳も修行した武道家。
財団法人極真奨学会、極真空手道連盟極真館の館長で、元・国際空手道連盟極真会館(松井派)最高顧問・主席師範。極真空手九段。

埼玉県行田市大字谷郷に5人兄弟の長男として生まれる。
幼い頃より武道に憧れ、高校1年の秋、池袋の大山道場に入門。

大山倍達極真会館総裁を初め、多くの極真の獅子達の下で極真魂の神髄を学ぶ。

その後、各種の武術を体得する。

数々の試練を乗り越え、昭和48年極真会館主催「第5回オープントーナメント全日本空手道選手権大会」に優勝し、真の空手家、武道家としての一歩を踏み出す。
昭和55年4月より埼玉県に支部道場を開設、支部長として後進の指導にあたる。
そのかたわら、常に真の強さを求めて自己の修行に励む。

平成6年4月、大山倍達総裁ご逝去後、新体制のもと、極真会館の最高顧問・首席師範に就任する。

平成15年1月、極真館を設立。

極真館、館長就任

副館長 廣重毅

副館長 廣重毅

ひろしげ つよし:1947年11月1日~

フルコンタクト空手の空手家。

極真会館(松井派)の関東本部長を務めた後、盧山初雄率いる極真館(財団法人極真奨学会・極真空手道連盟)の副館長に就任した。

1947年福岡県出身。
1973年6月、25歳で極真会館に入門。28歳で全日本大会初出場という遅いデビューながら、第9回全日本空手道選手権大会7位、第10回同大会4位、第11回大会5位という成績を残した。
その後、城南支部長となってからは、独自の理論に基づく稽古法と生徒の個性を伸ばす指導法で名選手を続々輩出。特に緑、八巻、塚本という3人の世界チャンピオン。全日本チャンピオンの数見、全日本ウエイト制チャンピオンの岩崎、高久、志田を合わせ7人もの王者を育てたことで、極真史上に残る名指導者として知られている。